4-1 惨劇

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「何だあれは?」  住職が前方を見て立ち止まり、ポツリと呟いた。  その言葉に私も前方に目をやると、ちょうど私達がいた五音寺の方向がやけに明るくなっている。  私達が寺を出た時には、住職の居宅の灯り以外どこにも光はなかったはずだ。それなのに、隣家の屋根が明るくなる程の灯りが、五音寺から煌々と発していたのだ。 「一体どういう事だ?」  住職は再び呟くと、小道を五音寺に向けて走り始めた。私もその様子を見て、慌ててその後を追う。  灯りが点いているという事は、何者かがそこにいるという事実を物語っている。一体誰が、何の目的で?  泥を跳ね、ぬかるみに足を取られながらも、来た道を引き返す。五音寺が近付くに従い、耳を埋める雨音に紛れ、人の声が聞こえてきた。  やはり、何者かが境内にいるようだ。  五音寺の正門を潜り抜けて、境内に足を踏み入れる。その時に目にした、その光景に唖然とする。  悪鬼羅刹。人の心は脆く、極限の恐怖は保身と共に狂気に走る。 「何だ、これは!!」  住職が叫ぶと、境内にいた中年男性が振り返る。 「住職、どこに行っていたんですか?いなかったので、先に始めてしまいましたよ」  私は境内を見渡し、足が震えて動けなくなった。  有り得ない。こんな事は、絶対にあってはならない。  本堂の蛍光灯と、軒下と門に設置された4つのライトに照らし出される境内には、ずぶ濡れになりながらも30人程の人々が集まっていた。  集まった人々は、境内の真ん中を取り囲む様にして不自然に壁を作り、そして、その中から泣き叫ぶ声が聞こえた。  その壁の隙間から見える物は、真っ赤に染まった敷石。  そして、横たわった血に濡れる身体―――――
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