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……幸せ。
学校近くの喫茶店のアルバイトを始めてから約二週間。
ほぼ毎日のようにやって来る妙なお客さんがいた。
「いらっしゃいませ~」
そのお客さんは、きまって一番奥の席に座る。
「すみません、注文してもいいですか?」
そのお客さんは、呼び出しボタンを使わずに、玲に直接声をかける。
「はい、ご注文は?」
「ミルクティーをひとつ」
そのお客さんは、必ずミルクティーを注文する。
「あと、ガムシロップをふたつほどつけてもらえますか?」
そして、ただでさえ甘いミルクティーにガムシロップを追加する。
店長さんにきいてみたところ、前々から来ていた常連客ではないらしく、ちょうど玲がアルバイトを始めた頃ぐらいから通い始めたらしい。
「ミルクティーになります」
そのお客さんは、すっかり甘くなってしまったミルクティーの大きめのコップを両手で支え、一口飲み、
「……幸せ。」
と、囁くような小声で言う。
(今日も可愛いぃぃぃぃぃ……!)
その姿を、玲は注文票で顔を隠しながら見ていた。
周りから見れば完全に不審者だったが、本人たちが気づいてないのでいいとしよう。
こんな様子からわかるように、玲はこのお客さんに惚れていた。
初めに声をかけられた時から、決まっていたのかもしれない。
「あの……、注文してもいいですか?」
「はいっ?」
(ヤバイ、超ドストライク好みの容姿!)
一目惚れだった。
百人がみんな「美人」とは言わないだろうが、欠点はあげられないような。目立つような美人ではないが、バランスのとれた顔立ちだった。
それからも、何故かぶかぶかの服ばかりを着てくるところや、どこか必要以上に仕草が女の子っぽいとこ、少し見ていただけでもますます好きになるばかりだった。
でも相手はお客さんで、つまりはあかの他人ということで、恋人になる、なんてことはほぼあり得ない。
今日のバイトが終わるまでは、当たり前のようにそう思っていた。
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