逢魔が時の桜は、過去を呼び戻す。

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「かつみは・・・暖かいな」  お前が望むなら、いくらでも温めてやる。  そう、叫びたいのを飲み込んで、子供の頃のままのふりをする。  自分は、小さなままの弟で。  犬のように従順な、理解者。  かつみ、は。  男、で、あってはならない。  心の奥底を、決して見せてはならない。  桜が咲いて、後を追うように芍薬や桐や藤が咲いて・・・。  季節が巡る。 「やっぱり、この庭じゃなくちゃ、な」  腕の中の憲二が、満足げなため息を、つく。 「そうだな・・・」  夕闇の寒さに冷えたふりをして、少し彼の身体に回す腕に力を込める。  憲二は桜以外の花の名前を覚えない。  だけど、この庭を愛している。  何度も、こうして戻らずにはいられないほどに。    先日、義兄の愛人が妊娠したと聞いている。  それが、おそらく男の子だと言うことも。  政治家としての跡取りはこれで目処が付いたと思っている。  甥の春彦は、政治家には向かない。  あまりにも清らかで、優しすぎる。  そんな春彦に、自分たちが代わってやれなかった仕事を押しつけるわけにはいかない。  だから、野心的な彼女の子供の誕生を心から喜んでいる。  だけど、この広大な本邸を維持するにはやはり自分が動くしかないだろうと思い始めても、いる。  憲二が、この庭が必要というならば。  守っていこう。  それが、憲二の心を無残に壊した自分の罪の代償と出来るなら。 「また、来よう」 「うん。次は・・・なんだっけ。池に浮かぶ花が見たい。寺とか・・・法事に良く出てくる・・・」 「睡蓮か?」 「ああそうそう、それ」  憲二が、あざやかに笑う。  また、この庭で。  そう、言うならば。    それだけで、十分だ。
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