逢魔が時の桜は、過去を呼び戻す。

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 古代とも言える頃からこの土地を支配してきた真神家の本邸は、いわゆる都心の御苑なみの広さだ。  昭和になる前に西洋の建築士に建てさせた洋館を母屋に、様々な離れがあり、それぞれに合わせた庭が造られていた。  その奥をさらに進むと小さな山へと続き、その頂に桜の大樹がある。  太い幹が地面近くまで伸び、その隅々に花を付け、満開の時は壮観な眺めだ。  樹齢がどのくらいなのか解らない。  ただ、昔からそこにあったと母が言っていた。 「こいつに会いたくて、わざわざ来たんだよ」  回遊させるために蛇行している小さな石段を、時間をかけて登って辿り着いた先に、老木が見事な花を咲かせ、ゆっくりと枝を揺らしていた。 「ただいま」  憲二は両腕を木の幹に回し、ごつごつしたその木肌に頬を当てる。  夕日に照らされた小さな花びらがあかね色に染まっていく。  目を瞑ってゆっくりと息を吸い、春の香りを楽しむ憲二の頬も薄く染まっていた。  風が、花びらをひとひら、ふたひらと散らしていく。  ついつられてその先を目で追う。 「ふふ・・」  ふいに、憲二が肩を揺らして笑い出した。 「どうした?」  なんとなく何を思っているのか予想はついたが、問わずにいられない。 「ここでさ・・・。交尾してたよな、あいつら」  視線の先には、東屋。 「交尾って・・・、憲・・・」  露悪的な言い方に眉をひそめる。  この庭園は広すぎて、随所にそれぞれの趣向を凝らした東屋やちょっとした別邸が点在する。  その中で、桜の木のそばに建てられた東屋はなぜか洋風で石造りのしつらえだった。  そこで、長兄が秘書の峰岸と抱き合っていたのを見たのは、やはり桜の頃だったように思う。 「いや、あれは交尾以外言いようがないだろ。俊一が尻を高く上げて、猫みたいに鳴いて。びっくりしたわ」  俺達が見ているとも知らないで。  憲二の、端正な顔が歪む。 「憲・・・」
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