逢魔が時の桜は、過去を呼び戻す。

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 あの日。  彫像のように立ちつくす憲二を、なんとか引っ張って桜の木から引きはがし、その場を後にした。  東屋の二人は、自分たちに気付いていたのかもしれない。  でも、愛し合うのを止めなかった。  風に乗って、彼らの声が、音が、白い花びらと一緒になって追いかけてくる。  夢中になって、階段を駆け下りて、憲二の手を握ったまま走り続けた。  足をもつれさせ、二人で倒れ込んだのは、いったい何処だったか解らない。  十二になる憲二に、性に対する知識はあった。  当時敷地内にいた動物や昆虫の交尾も見たことがある。  だけど。  あまりの生々しさに、憲二は泣いた。  憲二は、峰岸が好きだった。  数年前に秘書として長兄の傍らに立って以来、憲二が峰岸を兄の一人のように慕い、やがてそれは淡い恋心に発展してくのを、つぶさに見ていた。  おそらくは、長兄も気付いていた。  その証拠に、憲二が峰岸を慕えば慕うほど、俊一の憲二に対する態度は硬化していった。  そして、二人の仲が完全に決裂したのは、この時だったのかもしれない。  幼い子供が親の夜の姿を目撃してしまうと、無意識のうちにどちらかを嫌悪し、無意識のうちに強く憎むようになることがたまにあるらしい。  憲二の憎むべき対象は俊一で、峰岸への恋心は更に募っていった。  その傾倒ぶりは痛々しいほどで。  しかし、峰岸は俊一以外の全てを拒み、憲二を顧みることはない。  憲二の心がじわじわと闇に侵されていく。  だから、たまらず言ってしまった。  彼らは歓喜仏のように一対なのだと。  固く抱き合った二人が離れることは、ない、と。  あの時の自分はまだ子供で。  残酷だった。  自分は、憲二のために生まれてきたのに、どうして憲二は自分のものでないのか、不思議だった。  いつもそばにいるのに。  一番近くにいるのに。  なぜ憲二は気が付かない。  気が付いて欲しかった。  自分の存在に。  だから、わざわざ書斎へ連れて行き、書を開いて見せた。  憲二を、振り向かせるために。 「あの時の二人は、この絵みたいだ」  二人の仲は揺るがないのだと解りさえすれば、この不穏な霧も晴れていくものだと思い込んでいた。  その一言が、どれだけ彼の心を傷つけ、粉々に砕いてしまうかなんて、思いもせず。
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