逢魔が時の桜は、過去を呼び戻す。

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  「俺は、十歳にもならないお前の口から密教の話が出るなんて驚いたから、覚えてるんだよ。コイツ、ませてるなーって」  くっくっくっと、楽しげに肩を揺らして笑うけれど。  あの時からまもなく、憲二は狂いだした。  まだ中学生だったというのに、彼はこの家のあちこちに誰かを引き込むようになった。  それは秘書であったり、遠縁の者であったり、後援者の誰かであったり。  時には担任すら誘惑し、絡め取っていく。  男女問わず、誰もが憲二に溺れた。  けれど憲二はいつも冷めていて、相手が少しでも執着するそぶりを見せるとあっさり絶つため、時にはもめ事にまで発展し、刃傷沙汰にまでなったこともある。  しかし、肝心の長兄と峰岸は静観を貫いた。  どれほどの人の仲を見せつけても全く動じない二人に、憲二の心はますます渇いていく。   それは、もう自傷行為ともいえる状態だった。  更に、高校に上がる頃になってようやくその乱行ぶりに気が付いた父が何度かいさめ、時には手を上げたが効果はなかった。  逆にますますエスカレートしていき、醜聞がどうにも押さえきれなくなるに至り、東京の名門校へ転入させた。  東京へ移っても憲二が人肌を求めることを止めたりはしなかったが、田舎の知人たちを食い尽くすよりましだと父は結論づけた。  憲二は並外れた頭脳の持ち主であったというのに高校なかばまで地元で近所の公立高校に押し込められ、大人たちは誰もその才に気付かず、羽をもがれた鳥のようだった。  それがようやく窮屈な真神の地から解放され、知的好奇心を満たすことができる都心に移り、少しは落ち着いたかに見えたが、憲二の全神経は常に兄たちへ向かったままだったのだと思う。  そして、突然の事故。  二人の、死。  今も、憲二はどこか虚ろなままだ。 「かつみ・・・」  時々、宝玉のように透明になってしまった瞳で、彼は腕を伸ばしてくる。  寒くて  乾いて、  疲れ切った憲二。  子供のように温もりを求めるその身体を、そっと背後から抱きしめる。  今度は、壊さないように。  今度こそ、生かすために。
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