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国道に入ってすぐの所にようやく小さな喫茶店があるのを見つけ、賢治はホッとして店の前にスクーターを停めた。木製の看板には『喫茶・星月夜』と書かれている。周囲に物の怪の気配はとりあえずない。
「ごめん、俺、トイレ。君はほら、あそこに見える停留所からバスに乗って、家に帰るといいよ」
賢治は100メートルほど先に見えたバス停を指さして言ったが、少女は全力で首を横に振った。
「バスの運転手が狐だったりするかもしれません。家に帰ってもうちのお母さん、夜中まで帰って来ないし、家の周りにも河童がいるかもしれません。ここ、町全体が変になっちゃったんです、きっと。もう少しお兄さんと一緒に居ちゃだめですか?」
説得力があったし、必死で自分に縋って来る少女にそれでも帰れなどと言う気にはとてもなれなかった。逆に使命感のようなものが湧いて来る。
今までこんなに誰かに頼られた経験のない賢治にとって、それは何とも言いようのない不思議な感覚だった。
それに、本音を言うとここで彼女に去られるのは自分としても心細かった。もうこうなったら、この状況が収まるまで、この子の傍を離れないでいようと賢治は決心した。
「分かった。しばらくは一緒に居よう。あ、君のことはなんて呼んだらいいかな。俺は、水上賢治」
賢治が名乗ると、少女も小宮陽菜と名乗った。小柄だから中学生かと思ったが、県立高校の1年生らしい。
賢治は少女と2人、喫茶星月夜のドアをそっと押し開けた。物の怪がいないか警戒しながら。
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