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「あちらがわ?」
思わず陽菜と2人、食い入るように首を伸ばすと、マスターは柔らかい表情のまま続けた。
「ここは鹿児島県ウライサ市。お客さんたちはきっと、別の場所から入り込んじゃったんですね」
「ウライサ? 何それ、そんな市ねえよ!」
思わず大声で突っ込んでしまった賢治だったが、それに答えてくれたのはマスターでは無かった。
「まぁそういう事もあるさね。たまにあそこは開くから」
腹に染み入るように落ち着いた、渋みのある声だった。賢治も陽菜も、同時に顔を左側の席に座る先客の婦人に向けた。紫色の民族衣装のようなゆったり目のワンピースを着た、ふくよかな老婆だ。
「あ!」
賢治は思わず指をさして声を上げた。あの導水路の入り口ですれ違った、着物の老婆にそっくりだったのだ。
「そうだ、この婆ちゃんだ! そうだよね、あの時俺に“開いてる”って話しかけて来て」
「誰がばあちゃんだ」
老婆が眉を顰めると、マスターはおかしそうにぷふっと笑った。
「え、でも、この婆……いや、この人が……」
「この方は家督さんです」
「かとっさん?」
「厄払いの祈祷をしてくれたり、気運を占ってくれたりする、この地方独特の術師さんなんです。この方は寺院を持たずにどこででもフリーで占ってくれる家督さんで、名は華京院さん」
マスターは何故か安心した笑みを浮かべながら、ようやく賢治の前にアイスコーヒーを置いた。
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