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「今朝も言ったが、伊佐の人間で無いあんたは、ここではただの虚像だ。じきに消えてなくなる。次に扉が開いた時に帰らないと、もう後はないよ」
「そっか……。困ったな」
たいして困ったふうでもなく賢治がそう言うと、華京院がふくよかな手を伸ばして来てトンとテーブルを叩いた。
「都合のいい死に場所にこのウライサを使われたんじゃたまんないね。あんた一体むこうがわで何やったんだ」
「……家督さんでも分からないことがあるんですね」
ふっと笑みを浮かべて華京院を見ると、氷のような冷たい視線が賢治に跳ね返って来た。
「言っとくが、この世界は甘くない。楽には死ねないよ」
「楽に死ぬとか贅沢ですよ。そんなの構いません」
「言ってみなよ。兄さんいったい、何やっちまったんだ」
少しだけ華京院の声が柔らかくなった。目を上げると、マスターも気遣うような視線を投げてくれている。
「俺を騙した人間に、報復しました。もう生きてはいないと思います」
静かにそれだけ言うと、しばらく二人とも口を閉じた。だから賢治は続けるしか無かった。
「どうすればいいのか分かってるんです。自首して罪を償う。でも、悪いって気持ちが沸いて来ないんです。もう一人の方も一発殴ってやればよかったと思ってるくらいだし。自首してムショから出たところで、こんなゴミクズみたいな俺は生きてても意味ない。だから、ここで陽菜ちゃんをしっかり見守れたら、もう全部終わりにしようって思ってます」
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