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「一緒に帰りましょうね、賢治さん」
箸をそっとおいて、陽菜が唐突に言った。
「え」
「一緒に来たんだから、いっしょに帰りますよ、賢治さん」
なぜ改めてそんなことを言うのだろう。
あまりにも冷静で有無を言わせぬその声色に、賢治は戸惑ったが、けれどすぐに話題は変わった。
「明日は賢治さんの好きなもの、買って帰りましょうね。オクラは免除します」
ニコッとして再び箸を取った陽菜の中に、今はもういない母親を見たような気がして、賢治はひとつ、子供のように頷いた。
その夜もまた陽菜の母親はほろ酔い加減で帰って来たが、客人を連れてくることなく早々に寝てしまった。
次の朝もぐっすりと寝ていたので、起こさないように賢治と陽菜は、そっと鍵を掛けて家を出た。昨日陽菜は自転車を学校に置いて来たので、今日はタンデム登校だ。
「やっぱり楽ね。私も原付の免許取ろうかな」
学校に着くなり陽菜が賢治のスクーターを羨まし気に見つめながら言った。
「自転車の方がいいよ。俺高校んとき結構事故って何度も怪我したし」
「そっか。じゃ、やめとく」
「素直だな」
「お兄ちゃんのいう事は素直に聞かなきゃ」
「いつお兄ちゃんになったんだよ」
へへっ、と陽菜は笑って校舎の方に向かおうとしたが、ふと立ち止まって振り向いた。
「あ、学校でもなるべく私の傍に居てくださいね。華京院さんから連絡が来たらすぐに賢治さんに伝えますから」
そう言ってスカートのポケットをポンポンと叩いてみせる。そこに水晶が入っているのだろう。
「ん、分かった」
「絶対ですよ」
「分かったって」
笑いながら言うと、陽菜は安心したように昇降口に歩いて行った。
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