42人が本棚に入れています
本棚に追加
「おいこら、待て!」
ありったけの力を込めて叫び、身をすくめた陽菜を抱きかかえるようにして賢治は全力でその消えかかった扉に突進し、地を蹴って飛んだ。
―――ダメだもう何もない。
何もない空間を陽菜を抱いたまま飛び、そのまま地面に真っ逆さまに落ちていく。陽菜の小さな悲鳴が腕の中で響き、思わず目を閉じた。地面に衝突する……。
全身に力を込めて歯を食いしばったが、しばらくしてもなんの衝撃も無かった。そして手の中の陽菜の感触も無い。目を開けたが周囲は完全な闇で、光も音も何もない。ただ何かに向かって落ちていく感覚だけあった。
失敗した。咄嗟にそう思った。元の世界に戻ることも、罪を償う事も、自分をやり直すことも、すべて。
陽菜はどうしたろう。帰れたよな。ここにいないんだから。だったらせめてもの救い。
ごめんな。ガッカリさせて。こんな兄ちゃんで。ごめんな。
―――くっそう……。 くやしい。
『賢治、いつまで寝てんの。お母さんこれから仕事だからちゃんとお留守番してね』
聞き慣れた母親の声がした。
最初のコメントを投稿しよう!