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看護師の話によると、賢治は導水路の中で倒れていたらしい。運ばれてきたのは丸二日前。陽菜と二人で必死に伊佐に戻ろうとした日だ。救急車に一緒に乗って来たのは高校生の女の子と、おばあちゃんだったらしい。
どういう具合に転んだのか、脳震盪を起こして、時々目を覚ますのに、ずっとぼんやりしていたそうだ。
「意識がちゃんと戻ったって連絡しようか? おばあちゃんに」
「おばあちゃんじゃなくて、華京院さんです」
賢治は静かに言った。
「ねえ、看護師さん、教えてもらえますか? この病院の住所」
「住所? 鹿児島県伊佐市大口宮人……」
「伊佐市! 伊佐市なんですね?」
「え、……ええ、もちろんそうよ」
看護師はけげんな表情をしたが、賢治は感極まって泣きそうだった。
戻って来た。ちゃんと陽菜と一緒に戻って来られたのだ
「誰にも連絡は要りません。検査も要りません。すぐに出て行きます。お世話になりました!」
賢治は頭を下げると、検査着から籠に入れてあった自分の服に手早く着替えた。本当にどんな倒れ方をしたのか、頭頂部が鈍く痛む。
看護師の案内でロビーに降りて行くと、昔高校の時にやんちゃして、原付で事故を起こして運ばれた病院だと分かった。あの時は母親にひどく叱られたのをじんわり思い出す。
何とか手持ちの金で精算できたことにホッとして、賢治は病院の外に出た。
昼下がりの陽射しはまだ眩しくて頭にも響いたが、わずかな時間も惜しくて、賢治は走り出した。その病院からスクーターを停めてあった曽木の滝公園までは、徒歩でも10分で行ける。
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