HOME ~この空の下で~

85/97
前へ
/97ページ
次へ
 看護師の話によると、賢治は導水路の中で倒れていたらしい。運ばれてきたのは丸二日前。陽菜と二人で必死に伊佐に戻ろうとした日だ。救急車に一緒に乗って来たのは高校生の女の子と、おばあちゃんだったらしい。  どういう具合に転んだのか、脳震盪を起こして、時々目を覚ますのに、ずっとぼんやりしていたそうだ。 「意識がちゃんと戻ったって連絡しようか? おばあちゃんに」 「おばあちゃんじゃなくて、華京院さんです」  賢治は静かに言った。 「ねえ、看護師さん、教えてもらえますか? この病院の住所」 「住所? 鹿児島県伊佐市大口宮人……」 「伊佐市! 伊佐市なんですね?」 「え、……ええ、もちろんそうよ」  看護師はけげんな表情をしたが、賢治は感極まって泣きそうだった。  戻って来た。ちゃんと陽菜と一緒に戻って来られたのだ 「誰にも連絡は要りません。検査も要りません。すぐに出て行きます。お世話になりました!」  賢治は頭を下げると、検査着から籠に入れてあった自分の服に手早く着替えた。本当にどんな倒れ方をしたのか、頭頂部が鈍く痛む。  看護師の案内でロビーに降りて行くと、昔高校の時にやんちゃして、原付で事故を起こして運ばれた病院だと分かった。あの時は母親にひどく叱られたのをじんわり思い出す。  何とか手持ちの金で精算できたことにホッとして、賢治は病院の外に出た。  昼下がりの陽射しはまだ眩しくて頭にも響いたが、わずかな時間も惜しくて、賢治は走り出した。その病院からスクーターを停めてあった曽木の滝公園までは、徒歩でも10分で行ける。
/97ページ

最初のコメントを投稿しよう!

42人が本棚に入れています
本棚に追加