HOME ~この空の下で~

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 日差しは強いが、秋の乾いた風が心地いい。県道沿いを歩きながら色づいた田んぼの稲穂を眺める。もう、どこにもガラッパや白狐は居ない。時々、石で出来た田の神が、田んぼの近くにカラフルなスカーフを巻いて鎮座しているだけだ。  曽木の滝公園が見えてくると賢治は足を速めた。駐車場の端に停めてある自分のスクーターに走り寄り、エンジンを掛ける。  行く場所は決まっていた。たぶん、そこに行ったらしばらくは、いやもしかしたら金輪際陽菜には会えないかもしれない。それでも、行かなければと賢治は思った。  陽菜を後ろに乗せて走った県道を、賢治は気持ちを引き締めながら辿った。目的の場所は町の中心部にある。けれど、ほんの少しだけ、賢治は寄り道をしてみた。  喫茶星月夜はあの県道沿いにあるだろうか。もしあったら、あの陽菜が好きだった星月夜ドリンクを飲んでみたいと思った。おいしいのかどうか、ちょっとだけ気になっていたのだ。そしてマスターに挨拶して、華京院には沢山お礼を言って……。そして自首する。  けれど、あの喫茶店があった場所には、何もなかった。手つかずの木立の中に僅かに空き地があるだけで、何もない、寂しい場所だった。  この伊佐とウライサは、リンクしているけれど、完全に同じじゃない。分かっていたが、今ばかりは結構つらかった。マスターにも華京院にも、会えなかった。
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