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けれど、自分を知らないなら、それはそれでいい。自分を知らない華京院の方が、この際さっぱりと別れられる。
賢治は華京院に、病院に付き添ってくれた事への礼を言い、深々と頭を下げた。そして気持ちを引き締めると、その横で穏やかに笑っている警官の方に向き直った。
「俺、自首しようと思います。よろしくお願いします」
一瞬その場がシンとした。警官の顔が少しばかり引き締まる。
「君、なにやったの?」
賢治は自分の名前と住んでいた街の名、そして男を突き落とすに至った経緯も合わせ、丁寧に警官に話した。
店主と華京院は、それを横で静かに聞き、警官は頷きながらメモを取った。ひと通り聞き終えると「ちょっとここに座って待ってて。確認取って来る」と、丸い体を揺らしながらミニパトカーの方へ歩いて行ってしまった。
自首した殺人犯を店に残して行ってもいいのだろうかと賢治は戸惑ったが、横で華京院が静かに湯呑の茶を啜っているので、自分も焦らずに、空いた椅子に座って待つことにした。
中身のないスカスカの空洞になった気がした。心臓だけが鉛のように重く、深い沼の底に沈んでいく感覚。
これで良かったんだと思うのに、やはり沈んでいくのを止められない。
往生際が悪い。苦しむのは当たり前だ。自分は罪人なのだから。
華京院はやはり何も言わず、座ったまま静かに茶を啜った。その口の端が少し笑っているのに賢治が気付いたのと、警官が汗を拭きつつ戻ってきたのは同時だった。
「いやいや、そうかそうか、あんただったのか」
警官が笑っている。
「はい?」
なんで笑う。
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