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腹に響く水音。白く煙る飛沫。この伊佐に逃げ帰ってきて、結局まだ一度もちゃんと眺めていない曽木の滝が、天使の目を通して賢治の目の前に広がった。
変わっていない。母親に遊んでもらえない寂しさを堪えつつ、幸せそうな親子連れと混ざって眺めた、あの美しい滝がそこにあった。
画面の端に、滝の展望台の欄干につかまって、じっと白い水しぶきを見ている小さな男の子が写る。まるで昔の自分がそこにいるみたいで、思わず賢治は微笑んだ。
微笑んだはずなのに、鼻の奥がツンと痛くなった。
≪へえ、珍しいね。君、遠くから来たの?
気付けば、私の傍に白っぽい大きな鳥が一羽、並走して飛んでいた。とても美しい鳥だ≫
画面に映り込んできたのは、すぐ横を飛びながら、優し気にこちらを見つめて来る一羽のアオサギだった。
マスター?
有り得ない名前がふと脳裏に浮かぶ。賢治の横で、華京院が微かに笑った。
≪私が住むべき町を探しているの。私を受け入れてくれる優しい場所。ここはとても綺麗ね。
私が言うと、鳥は笑った。ここは君が前に居た世界と違う?
違う。景色も色も匂いも人も。とても美しい。
君は君の居た世界から逃げて来たの? そこに居る君は、前の君と何か違う?
鳥が問う≫
画面はアオサギの視点に代わり、地上すれすれを飛びながら市の中心部に向かう。
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