〇日常

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 「あー、あのバカ息子は帰って来ないよ。やっぱり都会から嫁さんを貰うとこうなるねぇ」 老婆は空を見上げ、寂しそうな顔の端で笑って言った。  「きっとお正月には帰って来るヨ」  「そうだといいねえ」  にっこり笑うと、「よっこらしょ」と掛け声をかけて立ち上がり、朽ちて廃屋となった家の方に歩いて行った。  傾いた屋根の陰に入ると、老婆の姿は(かすみ)のように消えてしまった。  またしばらく行くと、農道の四つ角に「田の神様」が鎮座(ちんざ)していた。  石で彫られた豊作祈願の田んぼの神様を、この地方では「田の神様」「たのかんさあ」と呼んでいる。  体格の良い大人が座ったほどの大きさがあり、大きな笠を被ったお地蔵様のような形をしている。 石像は雨に(さら)され、ところどころ白くなり、緑色のコケが生えていた。  その「田の神様(たのかんさあ)」の笠の上に、赤い着物を着た顔のわりに目の大きな小人(こびと)が、胡坐(あぐら)をかいて座っていた。  小人(こびと)は田んぼを見渡していたが、散歩の和香(のどか)気づき、赤いちゃんちゃんこの(ふところ)に手を突っこんだまま  「おう、嬢ちゃん、今日も散歩かい」 と、和香に話しかけてきた。  「うん、りんとお散歩ダヨ。ねえ、たのかん様、今年は豊作だね」     
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