7割は宙からくる

2/23
前へ
/23ページ
次へ
 外資系のメタルレア社の住民説明会は今日で通算32回目だ。説明会に参加した大人たちは一様に興奮している。目をギラギラさせている者、顔を真っ青にして思いつめた顔をしている者、口論しながら会場を出てくる者。  住民説明会に参加している親を家で待つ子どもたちは大抵どこかの家に集められて厄介になる。子どもたちにとっては、互いの家に夜遅くまでいられる絶好の機会なので、迎えに来る親は遅くなればなるほどよい。メタルレア社が伊佐市内の土地を丸ごと買い上げる話が持ち上がっていることは知る由もない。  マサの父親は伊佐市教育委員会で勤務している。今年は市政10年記念で担当として移動博物館の企画という大きなイベントを任されていた。しかし移動博物館どころではなくなってしまった。市の職員は総動員でメタルレア社案件にかかりっきりなのだ。 マサの父親の場合、メタルレア社が住民説明会を開くたびに出席して住民の反応を観察する任務だが、メタルレア社の説明を32回も聞かずとも、この会社が未だ発見されていない金鉱脈目当てで土地を買えるだけ買っておきたいことは分かる。  伊佐市菱刈町には国内唯一で最大の産出量かつ世界最高水準の高品質を誇る菱刈金山がある。過去には山野金山、牛尾金山、大口金山と市北に金鉱脈が点在し、隣接する霧島市横川町の山ケ野金山、さつま町の永野金山でも金が産出された歴史がある。2014年には菱刈金山で新たな金鉱脈が発見されたこともあり、伊佐市はまさに現代のゴールドラッシュの舞台となっているのだ。  メタルレア社が提示する土地の買い取り価格はべらぼうに高い。もし彼らが求める土地全てを額面通り買うとしたら、その金額はギリシャの国家予算に近い。すでに耕作放棄地になっている土地は売買の契約が内定していたし、田んぼを売れば少なくともひ孫の代まで苦労しないと考える農家もいて、マサの父親は住民説明会に何度も参加するうち、全く新しい人生を歩めるチャンスかもしれないと思っている市民が増えてきたように感じていた。
/23ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加