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全国各紙は「メタルレア社、伊佐市から完全撤退」の見出しで1面を飾り、ワイドショーのトップニュースもこの話題だった。すでにいくらかの投資も行っていたはずだが、それを回収することもせずメタルレア社があっという間に伊佐市を離れていく理由をメディアは連日大きく取り上げているが、メタルレア社の広報部が出すコメントは決まって「我々は、我々の故郷を思い出したため」と言うのであった。
マサたちが隕石を持って力石の上に立ってから2日経っていた。マサたちは五右衛門風呂で見た映像をこの時も見ていた。前回と違ったのは、伊佐市にいた全員が光の映像を見た、という点と、その映像は始まりから終わりまでとても美しい伊佐の風景と心温まる家族や友人との思い出シーンで、今すぐ誰かを抱きしめたくなるようなものであった点である。例に漏れずメタルレア社の人間も同じ体験をした。そして間もなく伊佐市の開発を取り下げ、町を去ることにしたのだ。
この件に関して、すでにメタルレア社と土地の売買契約を結んでいた人たちと争いごとになることはなかった。転出を予定していた市民も取り消した。市民から市役所へ苦情も問い合わせもなかった。我が故郷は唯一無二の豊かな愛に溢れた土地であり続けるべきと「満場一致」だったのだ。これを“伊佐市を包む光の怪奇現象”、“集団催眠”などとしてメディアはかき立てていたが、マサたちが強兵衛の力石に隕石を運んだことを明らかにすることは遂になかった。
今見えているものは森羅万象の3割に満たないと言われている。これは、森羅万象のほとんどがこの7割以上のモノで成り立っているということを示す。ただその7割はまだ私たちの目に見えない状態だ。宇宙を満たす7割を知れば物事のほとんどを理解したと言えるので、今知っている3割より、そちらがだいぶ大切に思えてくる。けれどそれは目に見えない。
友情も思い出も、夢や希望も、平和も、そして愛も、本当に知りたいこと、本当に大事なものは目に見えない。だからこういったものは7割の中に入っているのかもしれない。とマサとドンとリコは考える。明治時代に伊佐に落ちた隕石はその目に見えない大事なものを宇宙の7割から運んできてくれたことになるのだ。
伊佐市には、本当に大事なものがある。そしてそれを見ることができる。それがマサとドンとリコの街、伊佐市だ。
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