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リコとドンの家は伊佐市の特産品である伊佐米を作る農家だ。稲穂が黄金色に染まり、伊佐市の一面を覆い尽くす実りの秋。稲穂の頭をなでる冷たい秋風が伊佐富士から駆け下ってくる。黄金米と名付けられたその極上のコメは、かの新潟魚沼産コシヒカリと品質をたがわない。
リコとドンの家は、その伊佐米を作ることに誇りを持っていた。だからメタルレア社の申し出をきっぱりと断った。土地を売ろうか迷う仲間達を説得したりもした。しかしメタルレア社の提示額は住民説明会の会を追うごとに吊り上っていき、土地売却後のアフターも好条件になっていったこともあり、リコの父親は心が揺らぎ始めていた。
代々受け継いできた田んぼを売ることは考えたくなかったが、男手一つでリコを立派に育て上げることに大きな不安を抱えていた。菱刈町南永に住む祖母が母親代わりになって献身的にリコの面倒を見てくれていた。しかしリコから母親を奪ったこと自体、リコに不自由な思いをさせている引け目が父親にはあった。これ以上何のストレスもなく生きて行ってほしい。リコには土地を残してあげようと考えていたが、カネに変えてあげた方がリコにとっていいのかもしれない。そんなことを考えるようになったのだった。
メタルレア社が住民説明会を開けば開くほど、市役所への相談や苦情陳情が増えていく。メタルレア社が高値で土地を買ってくれることをいいことに、今のうちに伊佐市の土地を1坪でも買おうとする者が急増し、詐欺も後を絶たず、「メタレア詐欺」が今年の流行語大賞にノミネートされると嘲笑された。また連日多くのメディアが「日本ついに植民地化か」と大きく報道するので、心無い人から土地の所有者が売国奴と罵られることも増えてきた。国会でもこの話題が取り沙汰され、もはや管轄の部署だけで対応しきれる案件ではなくなっていた。
マサの父親含め、市役所内ではほとんど毎晩遅くまでこの件について議論した。市役所として土地の売買に介入して市民に自重するよう求めた方がいいのか。メタルレア社に伊佐市の土地が次々と売られ、市民がこの土地を離れていった時の市役所の役割は何なのか。伊佐市という街が将来の地図にどのように書かれるというのだろう。
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