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目の前の道
湯野尾滝には先月までは赤や青の鯉のぼりがつりさげられていた。風が吹くたびに水の中を泳ぐように体をはためかせる鯉のぼりを、大地は登下校のたびに自転車を漕ぎながら見た。
今は鯉のぼりは引き上げて、いつもどおりの湯之尾滝だ。
ガラッパ公園に差し掛かってくると、湯之尾カヌー競技場が見えてくる。この川内川をながめるために、大地は少し遠回りをして帰っていた。
大地は入学当初、カヌー部に入りたいと言ったことを思い出した。
「何て?カヌー部?」
父親は不機嫌な声で言った。
「うん」
思わず声が小さくなる。
「じゃっどん、畑の手伝いはどうすっとや?」
我が家の労働力に、大地も最初っから入っているのだ。なんなら犬のペコですら頭数にいれているのではないかと思うほどだ。
ここで父親を説得するほどの思い入れは、カヌーにはなかった。ただ、川内川を突き進む色とりどりのカヌーがかっこいいと思っただけのことだった。
「じゃあ、よか」
ふてくされたようになった大地に、父親はボソッと言ったのだ。
「だったら最初から言うな」
湯野尾神社の前に差し掛かると、大地は思わず赤いスカートを目で探した。
(いない……)
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