目の前の道

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「父ちゃん、めし」  大地が声をかけると、父親は「ああ」と返事をして、手洗い場に向かった。  大地は父親の後ろについて歩きながら、話を切り出すことにした。 「お願いがあるんやけど」  思わず声がかたくなる。 「何や」  そんで、やっぱり父親の声は怖い。 「原付乗りたいんやけど」  父親は蛇口をひねって、手の泥を落とした。水に流されて、泥が排水溝に吸い込まれていく。しばらく、水の音だけが聞こえた後、きゅっと音がして、水が止まった。じゃっと水の手を払うと、タオルで手をぬぐう。 「ダメや」  低い声で言った。  いつものやりとりだった。大地の希望は通らない。父親の言う通り。  どうして、今日は大丈夫な気がしたんだろう。  彼女を見たからだ。背筋が伸びて、まっすぐに見る彼女の目。 「それより週末、呑んかたあっで、来んか」 「何で俺が」 「来んとか」  父親の火の神の面のような顔が、くわっと険しくなる。 「いや……」  行く理由もないが、行かない理由もない。 「行き……ます」  酒が飲めるわけでもないのに、おじさん達の集まりに行っても楽しくもなんともない。それだったら、部屋で漫画でも読んでいた方が楽しい。今から考えるだけで気が重い。  父親が居間に行く後ろ姿を見送って、ため息をついた。 「自転車のことも言えんやった」
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