19人が本棚に入れています
本棚に追加
「父ちゃん、めし」
大地が声をかけると、父親は「ああ」と返事をして、手洗い場に向かった。
大地は父親の後ろについて歩きながら、話を切り出すことにした。
「お願いがあるんやけど」
思わず声がかたくなる。
「何や」
そんで、やっぱり父親の声は怖い。
「原付乗りたいんやけど」
父親は蛇口をひねって、手の泥を落とした。水に流されて、泥が排水溝に吸い込まれていく。しばらく、水の音だけが聞こえた後、きゅっと音がして、水が止まった。じゃっと水の手を払うと、タオルで手をぬぐう。
「ダメや」
低い声で言った。
いつものやりとりだった。大地の希望は通らない。父親の言う通り。
どうして、今日は大丈夫な気がしたんだろう。
彼女を見たからだ。背筋が伸びて、まっすぐに見る彼女の目。
「それより週末、呑んかたあっで、来んか」
「何で俺が」
「来んとか」
父親の火の神の面のような顔が、くわっと険しくなる。
「いや……」
行く理由もないが、行かない理由もない。
「行き……ます」
酒が飲めるわけでもないのに、おじさん達の集まりに行っても楽しくもなんともない。それだったら、部屋で漫画でも読んでいた方が楽しい。今から考えるだけで気が重い。
父親が居間に行く後ろ姿を見送って、ため息をついた。
「自転車のことも言えんやった」
最初のコメントを投稿しよう!