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居酒屋の座敷に並んでいたのは、父親の昔なじみの顔ぶれだった。
「大地、大きくなったな」
そう言って、大地の肩を叩くのは、大地が通っていた保育園の園長先生だ。
「おっ。確かに、いい体になってきたなあ。何か運動でもやってんの?」
そういったのは湯之尾温泉の旅館を経営している秀ちゃんだ。「何か」と言いながら、手がカヌーのオールを漕ぐ動きになっていたので、ぎょっとした。
「何も。こいつの運動は農作業!」
父親が大地の代わりに答えた。
「そうなんか。大ちゃん、いっつも川内川のカヌー見てるから、てっきり……」
「いや、いや、こいつには無理。続ける根性なかど」
大地は内心、あそこでカヌーを見るのはやめようと思った。本当に、どこで見られているかわからない。
「遅れまして……」
そう言って入ってきたのは初老の男性だった。父親や秀ちゃんたちよりもだいぶ年上に見える。眉間のしわは厳格そうで、背筋が伸びる。
「おお、稲森先生。よう来てくいた」
稲森先生と呼ばれたおじいさんは、すすめられるままテーブルの奥に座った。
なんだか妙な雰囲気だ。
「そいで稲森先生。今年の湯之尾神舞のことですけど」
父親が妙な雰囲気の口火を切った。
「今年は三年に一度の大祭の年です」
大祭というのは、三年に一度やってくる。普段は豊祭りのとき、26番ある演目のうち、半分しか奉納しないが、大祭の年は26番すべての演目を奉納する。
「だから、うちの息子を、神舞に出さしてやりたいんです」
「はあ!?」
初耳である。
「豊祭りは五穀豊穣の祭りです。だから、うちの息子が湯之尾神舞に出たことがないことが、農家として恥ずかしいんです」
「父ちゃん……」
父親に恥ずかしいと言われて、傷ついた。
大地は神舞に出たことがなくても、ちっとも恥ずかしいとは思わない。けれど、父親に恥ずかしいと思われることは恥ずかしい。
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