目の前の道

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「いいですね。五穀豊穣の祭りに、農家の息子が舞う。そりゃあ、天照大御神様も、顔を出さないわけにはいかないでしょう」   稲森先生は笑いながら言った。  笑顔だか、どこか笑っていないように見えて、本心が見えない。 「おお。よかど、よかど。どの舞にずっとな?」  すぐに秀ちゃんがノッてきた。 「田ノ神か」  園長先生も悪ノリする。 「田ノ神は嫌だ」  田ノ神というのは、田んぼの神様、田ノ神さあが面白おかしく踊る舞だ。笑ったりいじったりが当たり前の田ノ神に出るのは避けたい。  しかし、言った後にしまったと思った。農家の息子が、田ノ神は嫌など、父親が許すはずもないと思った。 「何やったらよかか」    父親の声は相変わらず怖かったが、意見を求められたのは初めてだった。 「火の神」  思わず口をついて出た。  大地のまぶたにははっきりとまどかの舞が映っていた。 「おお、火の神と大王の合体舞か」 「よかど、よかど」  大人たちは楽しそうに、焼酎の入ったグラスをあおった。瓶の方はもう黒伊佐のラベルの下の線までなくなっている。 (言ってしまった……)  大地は食事ものどを通らず、ウーロン茶の入ったグラスをちびちびと飲むばかりだった。  どうしてあんなことを言ってしまったのか。  父親に意見を求められて、舞い上がったのか。それとも、あの舞が忘れられなかったせいか。  どちらにしても、この雰囲気の中で、もう後には戻れそうになかった。
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