紅い

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「ただいま」  小屋に軽トラックもトラクターもない。父親がいないのはわかっていた。  農繁期の6月。本来なら大地も手伝いをするべきところだが、そんな気にはならない。制服のまま畳に置かれたベッドに寝っ転がった。  目をつぶると、白い肌に赤い頬の少女の絵が浮かぶ。黒く艶のある髪が揺れる。長いまつげが瞬く。そして、顔いっぱいの太陽のような笑顔。 「火の神」  大地が言ったのは、湯之尾神舞で踊られる舞の中のひとつの演目だった。  毎年11月、湯之尾神社では神舞が奉納される。神舞とは神様に捧げる踊りのことだ。  大地もこれまでに見たことがあったが、深夜まで延々と舞を見る祭りは、大地にとっては苦痛だった。舞に出たがる同級生もいたが、大地には気持ちがわからない。  何より、神舞に出てくる面の、赤い顔に黒々とした眉も、むき出しになった黄金の歯も、どことなく父親に似ているところが、好きにはなれなかった。 「おい、大地!帰って来たか」  玄関から、父親の大声が聞こえた。この大きすぎる声も、いつも怒っているような態度も、大地はあまり好きではない。 「帰ったなら、手伝え」  父親に言われると、大地は逆らうことはできなかった。     
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