第1章

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 祥子が桜の巨木の足元で毎日会うようになってから二週間が経った。桜の花は満開をむかえ、そして散り始めた。この間にゲンは隠世のことを祥子に話し、祥子は現世の物をゲンのもとに運んだ。ゲンは確かに現世のことはだいたい知っているようだが、実際に触れたことはないらしくそのどれにも興味津々だった。ハンバーガーに始まり、幕の内弁当、牛丼、ピザ、炭酸飲料、寿司など、そのどれもを目を輝かせて食べるので、祥子はまるで子犬に餌付けをしているような気分になった。いろいろ試すうちに、甘いものも辛いものも好きだが、わさびは苦手だということがわかったのだそうだ。だから、寿司の時はさび抜きで!とリクエストされるようになった。  また、食べ物以外にも、スマホでできるゲームにもゲンははまった。 「祥子!またコンボがきまったぞ!」  今日もスナック菓子を食べながら祥子のスマホで夢中でゲームをしている。まるで小学生の男の子のようだ、と思いながら祥子はその横で本を読んだり写真を撮ったりするのがいつもの流れになっていた。こうしていると、最初に出会った日の出来事が夢だったのではないかという気さえしてくる。舞うように刀を振るって黒い獣を切り伏せていたのと同一人物とは思えない。 「ねえ、そろそろ充電きれるんじゃない?」 「まだ大丈夫だって」 「ダメ!私もスマホ使えないと困るんだからね!」  スマホを取り上げると、案の定電池残量はあと五パーセントになっていた。まったくもう、と怒ったふりをすると、ごめんごめんとゲンは首をすくめた。ほぼ毎回繰り返されるこのやりとりも祥子には楽しかった。  ゲンは祥子の知るどんな男性とも違っていた。少年のように無邪気で好奇心旺盛だが、たまにずっと年上のような思慮深さを示す。そういう時は初めて会った日の精悍さが戻り、祥子はゲンの顔がまともに見れなくなる。ゲンはというと、そんな祥子にはまったく気がついている様子はない。一度祥子が足を滑らせそうになったときに助けてくれた時以外は触れようともしない。荷物も持ってくれるし、そういうところはとても紳士的だ。一度それについてさりげなく尋ねてみると、 「だって、祥子はオレより弱いだろ」
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