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「今日も賑やかだったのう」
桜の巨木の根に腰掛けたおせんは、そう言ってゲンを迎えた。
「あのゲームっていうの、なかなか難しいんだ。見てるだけだったら簡単そうだったのにな」
「現世のものにずいぶん馴染んだようじゃな」
「オレも一応人間だからね。今日はチョコレートっていう茶色くて甘いのと、スナックっていうパリパリしたしょっぱいのを食べたんだ。どっちもおいしかったよ」
祥子が持ってくる現世のものについて、ゲンはいつもおせんに話して聞かせていた。おせんは桜の精だから、人間のようにものを食べることはできない。それでも、どういうものなのかというのをおせんにも伝えたかったのだ。そして、おせんはそれをいつも優しく聞いてくれた。
ゲンはおせんに手招きされ、素直に隣に腰掛けた。おせんが動くたびに長い黒髪がさらさらと流れ、淡い花の匂いがする。昔に拾われたときからずっと、おせんは変わらず美しい。おせんを害するものがあれば、自分が盾になって守らなければならない。
「ゲン。おまえは私の息子じゃ」
「わかってるよ。突然なんだよ」
おせんの白い手が怪訝な顔をするゲンの頬に触れた。
「だが同時に、人間でもある。おまえは、現世で生きることもできる」
「なんだよそれ!そんなのは嫌だ!」
ゲンはかぶりを振って応えた。
「わかってるだろ、オレは人間が嫌いだ。オレはずっとおせんの側にいる」
「悪い人間ばかりではないことを、おまえはもう知っているじゃろう」
「オレは人間に、親に捨てられたんだ。山の中で飢えて死ぬように置き去りにされた。おせんだって……」
唇をかんで俯いたゲンを、おせんはそっと抱き寄せた。ゲンが今よりもずっと小さいころにしていたのと同じように。
「おまえは自由に生きていい。どこにいても、私はいつもおまえと共にあるから」
「それならずっとここにいる。今までと同じがいいんだ」
現世のものがいくら魅力的でも、おせんと離れるなんて考えられない。おせん以外に大事なものなどない。それなのに、なんでそんなことを言うんだ。
ゲンにはおせんの意図がわからなかった。おせんと離れるという今まで考えてもみなかった可能性をよりによっておせんから示され、ただ傷ついていた。
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