第1章

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 翌日祥子の隣でゲンはいつもと違って不機嫌な顔をしていた。 「どうしたの?なにかあったの?」 「おせんが変なことを言ったんだ」  シュークリームとプリンを平らげながら、ゲンはぼやいた。 「オレに現世で生きろとか言うんだ。オレはずっとおせんといたいのに」  拗ね方が子どもっぽくて、祥子はすこしおかしくなった。でも、ゲンは真剣に傷ついているようだ。 「それって、私のせいなのかな?」 「違うよ。確かに祥子に会うまで、現世のものに触れたことはなかったけど、それまでも現世のことを学べってずっと言われてたし」  意味がわからない、とふてくされるゲンだが、祥子には自分が無関係ではないという気がした。ちょっとしたゲームやお菓子に少年のように喜ぶゲンが、もし現世で生きるならもっとたくさんのものを好きになれるだろう。二百年以上生きているとはいえ、ゲンの感性はまだ若いままだ。今だったら新しい生活を受け入れることができるだろう。おせんはそういうことを言っているのではないか。  とはいえ、ゲンにその気がない以上は祥子にはどうしようもない。また、この日祥子はゲンにどうしても伝えておかなくてはいけないことがあった。 「あのね、ゲン。聞いてほしいことがあるんだけど」 「なんだよ、改まって」 「私、来週からここに来られなくなるの」  予想通り、ゲンは驚いたような悲しいような顔をした。祥子は追い討ちをかけているようで後ろめたい気持ちになった。 「今はこの近くにあるおばあちゃんの家にいるんだけど、もうすぐ春休みが終わるから大学の近くのアパートに戻らないといけないの」 「そうだった、祥子は大学生なんだよな」  そう言ったきり、ゲンはプリンを食べる手も止めて無言になった。祥子もゲンに会えなくなるのは悲しいが、そのために大学を辞めるわけにもいかない。大学はここから遠く、とても毎日通える距離ではないのだ。 「また連休とか、夏休みになったら会いに来るから。その時は、なんでも好きなもの持ってきてあげるね」  これでお別れじゃないから。またすぐに会えるから。祥子はそう伝えたかったのに、ゲンはわかってくれなかったのだろうか。黙り込んだままのゲンの横で祥子はそわそわしながらゲンの次の反応を待った。  やがて、ゲンはぽつりとつぶやいた。 「祥子が隠世に来ればいいんだ」
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