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そして、ぱっと顔を上げて祥子両手をとり、目を正面から見つめた。祥子をどきりとさせる、あの精悍な顔だった。予想外のことに、目をそらすこともできない。
「そうすればいい。祥子も隠世で暮らそう。そしたら、大学なんか関係ないだろ」
「なに言ってるの、そんなの無理だよ。第一、私まで隠世に行ったら、今までみたいにゲンが食べたいものを持って来れなくなるのよ?」
「そんなのどうでもいい。カレーもジュースも今食べてるプリンも大好きだけど、それより祥子のほうがずっと大事だ」
祥子は顔が赤くなった。ゲンにそんなつもりはないのだろうけど、まるで告白でもされているかのようだ。ほだされてついつい頷きそうになり、なんとか思いとどまった。あまり男性に免疫がない祥子は、こういう時にどうしていいかわからずひたすら困惑するばかりだ。
「だめだよ、ゲン……」
ゲンはどこまでも真剣だ。率直な言葉で祥子に言い募る。
「お願いだよ。一緒に隠世に行こう。オレ、祥子と一緒にいたいんだ。そのためならなんだってするから」
『その言葉に偽りはないな』
突然、一陣の風とともに声がこだました。風は淡い花の香りを含み、その声は鈴の音のように澄んでいた。
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