第1章

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 また風が巻きおこった。木々の枝を揺らし、そこから落ちた木の葉が宙を舞う。そして、今度はそれが祥子に襲い掛かってきた。これは刀では防ぎきれないと判断したのだろう。ゲンは祥子を抱えて跳躍し、辛くも危機を逃れた。祥子がいた場所には無数の木の葉が鋭い刃となって突き刺さっている。あと一瞬遅かったら、確実に祥子の命はなかった。 「逃げるぞ、走れ!」  ゲンに手をひかれて走り出す背後から追ってくる気配がある。あの黒い獣に追われているときと同じ感覚だった。前方や左右からも祥子を絡め獲ろうとする木の根や枝が伸びてきて、その度にゲンは刀を振るった。息が切れ、足が重くなってきた。もうどこをどう走ったのは祥子には見当もつかないが、ゲンにはわかっているのだろうか。  突然、ゲンがぴたりと足を止め、祥子はその背中に思い切りぶつかってしまった。なにがあったのかと問おうとして、すぐに理解した。遠ざかったはずの桜の巨木が、また目の前に現れたのだ。 『私からはだれも逃がれられぬ』  世にも美しい桜の精。その美しさが、今は禍々しい。 「おせん、もういい!祥子のことは諦めるから!だから、もうやめてくれ!」 『ならぬ』  ゲンの必死の懇願もおせんには届かなかった。木の葉を舞い上げた風がゲンと祥子を取り囲んだ。無数の木の根が再び持ち上がり、包囲を堅くしていく。 『おまえはその娘と共にいるためになんでもすると言った。その舌の根も乾かぬうちに、反故にすることなど許さぬ』  包囲が狭まった。肌をかすめるほどに近くを舞い飛ぶ木の葉の刃から守ろうと、ゲンは祥子をその腕の中に抱きしめた。 「ゲン、もうやめて!このままではあなたまで死んでしまう!」 「黙ってろ、動くな!」  ゲンの肩と頬が浅く切り裂かれ、そこから血が溢れ出した。 『どうする、我が息子よ。おまえもその娘と肉体を捨てるか』 「オレはそれでもいい。でも、祥子は死なせない!」 『ならばどうする』  包囲がさらに狭まる。ゲンの体からさらに血が流れ、祥子の脚にも赤い一筋ができた。 「ゲン、もういいから……」  あなただけでも逃げて、と祥子が言おうとした時。 「ならばオレは現世に行く!そこで祥子と共に生きる!」
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