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刃を黒い獣に向けた青年の声は、どこまでも落ち着いていた。しかしその忠告は獣には聞き入れられなかったようだ。再び雄たけびをあげて、深手を負っているとは思えない動きで襲い掛かってきた。青年はすっと身を沈めると、獣の懐に飛び込んだ。青白い一閃。ただの一太刀で獣の体が胴のところで上下に分断された。そしてその上半分が地面に落ちる前に、返す刀で首が切り飛ばされた。三つに分かれた獣の体は、それぞれ地響きをたてて倒れ、そして燃え尽きたように黒い灰になって消えた。
祥子には永遠にさえ思えた激しい攻防は、実際にはほんの数分の間のできごとだった。目の前で起こったことすべてが信じられず、呆然と座り込んだままの祥子を刀を持ったままの青年が振り返った。その顔には返り血が点々ととび、眼光はそれだけで祥子を射すくめるように鋭く、そこには好意は見当たらなかった。祥子は新たな恐怖に襲われた。青年は私を助けたのではないのかもしれない。次に私もあの刃にかけるつもりなのではないか。青年が祥子に近づいてくる。赤黒い血に濡れた刀を手にしたまま。
その光景を最後に、祥子は意識を手放した。
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