第1章

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 なにか冷たいものが頬にあたる感触で、祥子は目を覚ました。そして、目の前に知らない顔があるのを見つけた。 「大丈夫か?」  なにが?私はなにをしていんだっけ?ここはどこ?この人は誰? 「しっかりしろよ。どこか打ったのか?」  灰色のパーカーとジーンズの青年。そうだ、さっき不思議な刀を振るっていた。黒い獣の首を切り飛ばしていた。 「きゃあああああああ!」  祥子は喉が焼けるほどの悲鳴を上げた。逃げようとするが、腰が抜けて立ち上がることができない。 「いや!来ないで!触らないでよ!」 「落ち着けよ、なにもしないって。まったく、今日はうるさいやつばっかりだな」  うんざりした顔の青年は、騒ぐ祥子の鼻先にバックパックを突きつけた。 「ほら、これあんたのだろ」  反射的に受け取った祥子の頭に、今度は帽子がのせられた。どちらも獣に追いかけられているときになくしたものだ。青年の手には、水に濡らしたハンカチがあった。さっき頬に触れたものの正体だ。 「あ、ありがとう……」  礼を言うと、青年は微笑んだ。そういう表情をすると、精悍に整った顔が驚くほど幼い印象になった。あの鋭かった眼光も今は穏やかになっている。 「あなた、何者なの?」 「ただの人間だよ。あんたと同じ」  そんなはずない。ただの人間にあんなことができるはずがない。少なくとも、私にはできない。祥子は思ったが言葉にならなかった。 「そんなことより、なんでこんなところにいるんだ」 「なんでって、私はただ写真を撮りに来てて。その途中で、さっきの……」 「なるほどね。桜の木のところに行く途中だったわけだ」  祥子は頷いた。 「こういう霧の深い朝、あの辺りでは現世と隠世との境が曖昧になることがあるんだ。あんたは今、隠世に迷い込んでいるんだよ」 「うつしよ?かくりよ?なんのこと?」 「なんだ、そんなことも知らないのか。現世っていうのは、普段あんたが住んでる世界で、隠世っていうのはそっちとは別の世界のことだよ。あんたたちの言う、神様なんかが住んでるところだ」 「じゃあ、私は隠世っていう別の世界にいるの?」
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