第1章

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 こともなげに信じられないことをいうのは、ゲンにとっては当然のことだからだろう。それでも、ドーナツを次々と頬張るその仕草も表情も、とても年上に見えない。 「私、ゲンは年下だと思ってた」 「祥子は?十五歳くらい?」 「二十歳です!十五歳が車を運転できるわけないでしょ!」  どちらかというと小柄で、童顔で、胸が控えめな祥子は頬をふくらませた。幼く見られることを少なからず気にしているのだ。 「そうか。車には免許っていうのがいるんだよな」  あれ便利な乗り物だよな、と笑うゲンが二百歳なんて。 「じゃあ、あの刀とかも、おせんさんから?」 「いや、あれは龍神が貸してくれたんだ。この近くに滝がたくさんあるところがあるだろ。あそこに住んでる龍神だよ」  龍神までいるのか、と思ったがもう驚きはしなかった。ゲンが言っているのは、きっと奥十曽渓谷のことだろう。深い森の中にいくつもの滝が点在する美しい場所だ。いつか写真を撮りに行きたいと思っている。 「これ。龍神の鱗」  ゲンが差し出した右手の甲には、親指の爪ほどの大きさの青いガラスのようなものが張り付いていた。薄く丸いそれは、確かに鱗のように見える。じっと興味深げに見つめる祥子の目前で、鱗が細かい粒子状に姿を変え、すっと手の甲を離れた。薄い青い光を放ちながら細長く大きく広がり、次の瞬間には刀の姿になりゲンの手に収まった。昨日あの黒い獣を切り伏せた、あの刀だ。 「龍神はずっとおせんに求婚してるいけ好かないヤツだけど、オレに刀の使い方を教えてくれた師匠なんだ」  目を丸くする祥子に自慢するように、ゲンは薄青い刀を空で一閃させた。鋭い刃は青白い光の尾を引き、ひゅっと風が切れる音がした。 「すごい!すごくきれい!」 「そう?そう言われたって今度龍神に伝えておくよ」  歓声をあげる祥子にゲンは照れたように笑った。 「ねえ、写真撮っていい?」  勢い込んでカメラを向けた祥子に、しかしゲンはちょっと困った顔をした。 「いいけど、刀は映らないと思うよ。これは現世の物ではないからね」  ゲンの言う通りだった。祥子の目には刀ははっきり映っているのに、デジタルカメラを通すと影も形も見えなくなった。ただドーナツの箱を抱えたゲンが立っているだけだ。 「すごい!不思議だね!」 「こういうの怖くないのか?」 「全然!すごく面白い!」 「やっぱり祥子は変わってるな」  ゲンは苦笑した。
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