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佳人のほほえみ。
「かつみー、風呂-・・・」
なんのためらいもなく合い鍵を使い、なんの確認もせず玄関に踏み込んで、後悔した。
前々から、弟からは訪ねるなら一度電話を入れてくれと言われていたのに。
目の前に並んだ、女ものの繊細な靴。
回れ右をすべきだと思ったが、行動に移す前にリビングへ続くドアが開いてしまう。
「風呂って、いったい・・・」
困惑顔の勝己を見て、舌打ちしたいのをこらえた。
「なんですぐに出てくるんだよ」
「なんでと言われても・・・」
「お邪魔なら帰りましょうか?」
少し低い甘めの声と供に勝己の背後からひょっこりと顔を見せたのは、頤の細くて顔の小さい、栗色の髪の長い女性だった。
「初めまして。松永可南子と申します。やはり私は帰りましょうか?ちょっと寄っただけですし」
結局、そのまま上がり込むことになった。
1DKの勝己の部屋には大きめのローテーブルが真ん中に置かれ、そこにロータイプのソファが合わせてある。
テーブルの上には二台のノートパソコンと書類らしきものが広げられていた。
睦み合っている最中でないことがわかり、ひそかに胸をなで下ろした。
憲二の向かいでぴんと背筋を伸ばした女性は、富士額の美しい、祇園の芸妓のような日本的な顔をしている。
小柄な身体を包む柔らかなワンピースは上質で、きめの細かい肌からしっとりとした色香を放つ。
ほのぼのとした笑顔に、憲二は半笑いを浮かべるしかなかった。
「いえどうかそのままに。こちらこそ、初めまして。兄の憲二です」
これはかなり上等な女じゃないか。
心の中で勝己に悪態をつく。
そして、どうみてもこの部屋に馴染みすぎている。
付き合いはそこそこ長そうだ。
どうして今まで気が付かなかったかが不思議である。
それに・・・。
「・・・ああ。お察しの通り、私の方が勝己どころか憲二さんより年上で、一時期は上司でした」
憲二のかすかな表情もあっというまに読み取って、さらりと流す。
「え?」
思わず眉をひそめると、紅茶を淹れた勝己がマグカップを検事の前に置いて説明した。
「・・・可南子さんは同じ医局の、助教なんだ」
「助教って・・・」
勝己が属している大学は学閥の中でもかなり強い権限を持つ、いわば最高峰とも言える所で、さらにそこでそれなりのポジションにいるならばかなり有能だと言うことである。
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