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無意識のうちに左手をテーブルに載せ、マグカップの取っ手をいじった。
「研修医の時にお世話をしたのがきっかけで・・・。あら?怪我をされているの?」
めざとく見つけられ、苦笑いをする。
「ああ、これ・・・」
突撃訪問をしてしまった、そもそもの理由をようやく思い出した。
「憲・・・。どうしたんだそれ」
すぐに隣に回り込んだ勝己が、左手首を掴む。
大きめの絆創膏を巻いた人差し指を差し出すと、手首を握る手が冷たい。
「ええと、今日、教授の所にお土産で西表島のパイナップルが届いて・・・」
「もしかしてお前が・・・」
「うん。たまたま秘書が数日休みを取っていて、でも完熟だから今食べたいなーって話になって・・・」
憲二は勝己の勤める病院と同じ大学に勤務している。
敷地も近い理系棟で、同じく助教として研究三昧だ。
しかしさすがの憲二もパイナップルを切るためだけに弟を呼びつけるのはためらわれた。
だから、なんとなく右手に包丁、左手にパイナップルを手に取った。
すると、食に飢えている院生たちの目が期待に輝いたのだ。
「皆まで言わなくて良い・・・」
心なしか、弱々しい声が制止する。
「あら、勝己、あなた大丈夫?」
言われて弟の顔を覗き込むと、彼の厚めの唇から色が抜けていた。
「なんで?」
「なんでって・・・!!そもそも、ろくすっぽ包丁を握ったことのない憲がなんで率先してパイナップルなんかに挑んでるんだよ!!」
勝巳が怒鳴るなんてひさびさだ。
「だってこの前、勝己が切ってるのを見たから、あの通りにやればいいんだよなあと思って」
先週、それこそ実家経由の頂き物の八重山産パイナップルをここで食した。
「ああ、あの八重山パイン、美味しかったわよね」
「食べたんだ?」
「ええ。残りを病院に持ってきてくれたから、医局のみんなで」
「なるほどね」
あっというまに打ち解けた二人とは対照的に、勝己はソファーのクッションにぽすんと音を立てて顔を埋めた。
「傷口を拝見するわね」
可南子は向かいから身を乗り出して憲二の手を取り、絆創膏を剥がして覗き込む。
「・・・ざっくりやったわね。痛かったでしょう」
「あ・・・っと思った時には刃物が身体に入っていたから」
思わず耳をふさぎたくなるのを、クッションを握りしめて勝己は耐えた。
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