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僕たちは少しだけ時間の外側にいたのかもしれない。気づけば列車は走り去り、駅構内は人影はまばらだった。とはいえ、それは潮の満ち引きと同じように、しばらくすれば、また人であふれかえっていくのだろう。
「私のこと……。私のこと覚えていないですよね」
友人だって多い方じゃない。交際した女性が皆無と言うわけじゃないけれど、特に恋人と呼べるような人もいなかった。だから目の前の女性が僕の記憶の片隅に保存されているなんてことはあり得ない。僕は返事をするわけでもなく、次の列車を待つため、そのまま線路側に向き直った。
「ごめんなさい。お願いがあります」
肩を並べるようにして、僕の真横に立った彼女に視線を向けてみる。身長が低い彼女をやや見下ろすようにして、僕は 「なんで」 とだけ言った。たまに学校へ登校しようものなら、列車を一本の乗り過ごし、そのうえ、まだ時間を取らせる。いったいどういうことなんだろう。別に学校へ行きたいわけじゃない。ただ、卒業するのに十分な出席日数の確保が厳しい状況なのだ。
「これでも高校生なんだけどな。学校、さぼらせるつもり?」
「お願いですっ」
見た目からは想像もつかないような気迫と、彼女の瞳から頬を伝う涙に、僕は仕方なく駅のホームを後にした。人の流れと逆行しながら、彼女と共に駅のコンコースへと続く階段を登る。朝だというのに既に蒸し暑い。そういえばもう六月も終わるんだ。
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