3/7
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/7ページ
「良かや、お前たち、良うと聞きやい」  立ち上がった中土居町の*石村取締が言った。 「山笠が国の*重要文化財に成ったとぜ。これはくさ、*追山だけやのうて、山笠行事全部ひっくるめて重要文化財やけんね。そやけん、こげんやって、俺たちが酒ば飲みようとも、重要文化財ぜ。品(ひん)良う飲みやいよ」 「ふーん」  一同深く感銘を受けた。舜は、品良く飲み続けることを決意した。  博多祇園山笠は、700年の伝統を誇る博多の祭りである。商人の町である那珂川以東の博多と、武士の町である那珂川以西の福岡が、明治22年(1889年)に合併して福岡市制が敷かれたが、その後も山笠は博多部だけの祭りだった。昭和37年(1962年)に、福岡市の要請を請け、那珂川を渡って福岡部に入る〈集団山見世〉が始まったが、「櫛田神社への奉納行事とパレードを一緒にするとは何事か」との激しい反対の声が上がった。土居流は最後まで激しく反対したそうだ。  舜は福岡市の生まれだが、福岡部で育った為、山笠については殆(ほとん)ど何も知らなかった。5年前に東京から転勤してきた時に、同期の黒木に誘われて参加したのが初体験だ。舁(か)き手不足に悩んでいた町内は喜んで受け入れてくれた。以来、すっかり山笠の魅力に取りつかれ、今ではいっぱしの〈山のぼせ〉だ。  山笠は厳しい縦社会である。ここで言う上下関係は、年齢や社会的地位によるものではない。山笠に何年間参加しているかが、重視されるのだ。一年早く参加すれば先輩で、高校出たての洟垂(はなた)れでも、山笠では先輩だ。舜のような山笠に出たての若手は、皿洗いに掃除と、下働きに汗をかかなければならない。昨年の直会終了後に、見かけない中年の男性がテーブルの上を雑巾掛(ぞうきんが)けしていた。後で聞くと、初参加した日本水産の支店長だというので感心したことがある。  黒木は、赤ん坊の頃から山笠に参加している生粋(きっすい)の博多っ子である。山笠の期間中は、舜に対しても随分と偉そうな物言いをするが、こちらはこの頃出たての単なる若手、相手は*赤手拭(あかてのごい)直前の若手頭だから仕方がない。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!