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生暖かい風が、髪を優しく揺らす。
金網ごしに、見るのは最後になるだろう街の夜景を見下ろす。次々に色が変わっていく信号機。それに従うように流れる車。
「……さようなら」
小さく言葉をこぼし、金網に足をかけて登り始める。
ああ、怖い。今更そんな気持ちが溢れてくる。これはもう決めたことなのに。
わたしが死んだら誰にも迷惑をかけることがなくなる。そう思って死ぬことを決意した。
少し面倒くさかったけど遺書もかいた。わたしが死んだら受け取るだろうけど、通帳のお金を全部引き出して、遺書と一緒に入れておいた。
急に、強い風が吹く。早く死んでくれ、って言うみたいに。
「ごめん、早く死ぬから。待ってて……」
そう思うのに、足がすくんで動かない。全身が石みたいに固くなる。
下を見下ろすとたくさんの人があるいていくのが見えた。
息が、苦しくなってくる。
無理やりにでも飛んでしまおうか。ゴクリと唾を飲む。
幅は少ししかないけれど、一歩ずつ端のほうへと歩いていく。
もう少し、もう少しで。目を固くつぶったとき、屋上の扉が開く音がした。
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