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「ショパンはね、嵐の日に『雨だれの前奏曲』を作ったのよ」
白くて細い指先から、繊細な音色が次々と生まれ出て、俺を優しく包み込む。
「こんな日だったのかなぁ」
俺は、窓の外を見て呟いた。
空は、厚い雲に覆われ、まるで灰色の絵の具を塗りたくられたみたいに、どんよりとした顔で見下ろしている。
滝のように落ちてくる雨は、目の前の窓ガラスを容赦なく打ちつける。
黒い雲を時折輝かせているのは、稲光だ。
「こっちに来るかな?」
ぼんやりと、宙を見上げた。
「あー! やっぱりここだった」
勢いよく開け放たれた扉から、見慣れた――いや、見飽きたと言うべきか――顔がひょっこり覗いた。
日に焼けて少し茶色がかったショートヘアを右手で少しかき上げながら、「帰るよー」ぶっきらぼうに聖羅が叫んだ。
「ほら、彼女のお迎えよ」
扉の音と同時に止んだピアノの前で、水島先生が微笑んだ。
「いや、彼女じゃねーし」
つっけんどんに答えると、俺は面倒くさそうに立ち上がった。
「今日、部活は?」
「あんた、この雨が見えないの? テニスコートびしゃびしゃじゃん。廊下で筋トレちょっとして、解散だよ」
「ふぅん。外部はラッキーだな」
「あんたはいいね。お気楽で」
いつものくだらないやり取りをしながら廊下に出ると、「じゃ、先生。また明日ね」手を振り、扉を閉めた。
「気を付けて帰るのよ」
急いで振り返る。
扉に阻まれる瞬間。ほんの一瞬だけ、視線が絡まる。
今夜も、よく眠れそうだ。
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