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 綿貫千宙(わたぬきちひろ)は、一年前に両親を交通事故で亡くした。  両親は一人息子だけでも宇宙に逃がそうと、長年にわたって乗船権の購入資金を貯めていたが、それらは、弁護士を介して親戚達の手に大方が渡ってしまった。  学費や生活費さえもおぼつかなくなった千宙は、通っていた高校を退学した。生活苦の他に、先の無い自分に勉学は不必要と感じたのも動機の一つだった。  千宙は、人手が枯渇する宇宙船の建造現場に、働き口を見つけた。技術も経験もない千宙は、体力を使う割には実入りが少ない仕事にしか就けなかったが、くたくたに疲れるまで働くことでかえって、未来への絶望を忘れることができた。  千宙には、恋人がいた。二見観空(ふたみみそら)という、千宙より一学年下の少女だった。  彼女とは中学生の時に知り合った。出会った直後に彼女から好意を打ち明けられ交際を求められたが、その時はよく知りもしない癖にと、千宙は断った。  だが、観空はその後も千宙を諦めず、何年にも渡って、千宙に告白し続けた。観空が彼女の成績では到底無理と思われた千宙の通う高校に、猛勉強の末合格した去年の春、ようやく折れた千宙は観空との交際を承諾した。  千宙が両親を亡くし、学校を退学したのはそのすぐ後だった。千宙は当然、観空との関係は切れるものと思っていた。観空が好きなのは、中学高校で一学年上の「綿貫先輩」だと思っていたからだ。  しかし、千宙の予想を裏切り、観空は距離を置こうとした千宙に連絡を取り続け、千宙が住む男性ばかりの社宅にまで押しかけた。千宙は、観空の好意を疑う事をやめた。どうやらこの少女は本気で自分に恋をしているのだと、受け入れた。そうなると、観空の存在は未来のない千宙にとって、唯一もたらされた希望であるかのように感じられた。  しかし、その観空との日々も、もう終わろうとしていることを、千宙は察していた。
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