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4局 こびん攻め
「おはようございます。相田です」
「どーもです!すいません、大輔は今来ますんで……」
今回もまだ準備ができてない大輔の代わりに、亀吉が玄関で千明に挨拶をした。
「それに、先日はありがとうございました。いや〜あのシラス、美味かったですよ!あれと一緒に酒を呑んじまって、良い歳して二日酔いになっちまいました。へへへへ」
嬉しそうに頭をかく嘘のない笑顔の亀吉に千明も思わず微笑んだ。
「フフフ。そんなにですか?では今日も期待して下さいね」
「いや〜俺も付いて行きたいな」
「おじいちゃん?何を言ってるの……」
いつの間にか用意を整えて出てきた大輔は、驚き顔で祖父を見た。
「冗談さ!冗談!!さあ、若い人で行っておいで!な」
「言われなくても行きます」
「では。行って参りますね。大輔さん、忘れ物はない?」
そういって千明は大輔の足元に下駄を出してやると、彼はすっとこれに足を入れた。
「はい。あったとしても、今は忘れているのでわかりませんし」
「こら!それが連れて行ってくれる人に対する言葉か?」
「フフ!面白いこと?アハハ!良いんです、私は。さあ、行きますよ、大輔さん」
自分に対しては素顔の自分を丸出ししている大輔が可愛い千明は、こうして彼を助手席に座らせた。
「シートを倒して寝るんでしょう?これは、大輔さんのサングラスですから」
「いつもすみません」
「いいの。着いたら起こすから」
そして彼女がエアオンを効かせ、彼に用意した薄出のバスタオルを布団代わりに掛けて、高速道路をひた走った。
「着きました」
「……水の匂いがします」
そういって大輔は車からよろよろと降りた。
「ここは?」
「観光やなです。川にああやって仕掛けをして」
しかし大輔は説明も聞かずに向かってしまったので、千明は慌てて、車を施錠し彼を追った。
「すごい……これは魚を 獲るワナなんですね」
広い川の端の方に作られた仕掛けは、木や竹で組んだよしずの大きなものを流れに逆らって斜めに入れられており、泳いでいた魚はこの上に打ち上げられていた。
「そーです!今日はね。大輔さんに、自分の食べる魚を獲ってもらうわよ」
こうして2人は、専用のサンダルを借りてやなに上った。そこにはすでに獲物が打ち上げられていた。
「 大輔さん。それ、ウナギ!早く取って」
「え?、無理です。千明さんが取って」
「ダメよ。自分で。ほら!」
「くそ……この、来い!」
「はい!」
そんな大輔は一瞬、ウナギを捕まえたので、これに合せて千明がさっとバケツを入れたので、見事大輔はウナギを捕獲することに成功した。
「ハハハ?すげえ」
「うわ。結構大物だわ。天然だし。今度は私の分ね、よっと!」
「一発……」
そして鮎も捕まえた2人は、これの料理を頼み、食事処に移動した。
「お酒は?」
「でも。千明さんが」
「いいの。私はノンアルコールビールで」
そんな千明は大輔には生ビールを注文した。
「本当にいいんですか?」
「ええ。私、変に気を遣われるのが嫌なの。むしろ大輔さんのように、正直に言ってくれた方が気が楽よ。じゃ。カンパーイ」
こんな中、彼女は彼に最近の予定を尋ねた。
「大輔さんは対局の時は前日入りするんですね。判りました……最後のデートはこの新潟の対局が終ってからにしますか」
「……」
「何かリクエストとか。食べたいものはない?遠慮しないで、何でも好きな物を言ってね」
「お任せします」
「そう?じゃ。決めておきます。ところで、馬場先生のところはどう?」
「通っています。あそこは、棋士の先輩も知ってましたが、なんか、一見さんはダメなんですね」
「……そうなんだ。昔はそうじゃなかったんだけど。馬場先生もお年だからな……」
そう言ってスマホで確認した千明を大輔は長い前髪の間からそっと見ていた。
こんな2人は最初に出来た鮎の塩焼きを食べた。
「熱いわよ。はい、これ、串をちゃんと持って。うん。かじるのよ、こうやって」
「……」
「どうしたの?え?」
泣いている大輔に千明は、思わず瞬きをした。
「あんまり、美味しくて……」
「フフフ!もう!ほら、テッシュ!それに、これも食べていいから」
そんな大輔を彼女はスマホで写真を撮ってデー トの証拠とした。
「まだ、これ食べたい」
「でもね。あ、来た!ウナギよ。そっちが大輔さんのウナギ。こっちは私が頼んだウナギ」
「……僕が取ったやつですよね。いただきます。ああ?……」
そんなコメントを残して彼は一気に食べてしまった。
「あの」
「お代わりはダメよ。これから最後にすごいのが有るから。私もこれが目当てで、来た!!」
「どうぞ。鮎の炊き込みご飯です」
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