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「おはようございます」
「ああ。ほら来たぞ。すいません、千明さん」
チャイムで出てきた亀吉に千明はすっと会釈をした。
「いいえ。こちらこそ。あの、大輔さんは?」
「それが……大輔!千明さんが来たぞ」
そういって亀吉は慌てて奥へ引っ込んでしまった。中ではバタバタしている音がしたので、千明は思わず声を張った。
「あのー!車で行くので、簡単な用意でいいですよ」
すると奥から明らかに寝起きの大輔が出てきた。
「すいません。これから用意をするので」
はだしの彼は頭をぼりぼりと掻き、あくびまで千明に披露した。
「……もういいから。顔だけ洗ってズボンだけ取り替えてきて?眠いなら車で寝ていいから」
「……はい」
そんな大輔はまだぼうっとしながらズボンだけ履き替えて、玄関に現れた。
「靴は、このスニーカー?こっちの下駄?いいですよ、履くならなんでも」
そして家の鍵と財布とスマホを持ってきたか確認した千明は、亀吉に連れて行くと話して彼を車に乗せた。
「今、シートを倒すけど、どう?」
「眩しいです」
「はい。これ。私のサングラス。どう?」
「……ZZZ……」
呆れるよりもおかしくなった千明は、ラジオも付けずに車を発車させた。
千明は車の運転が好きだった。この車は祖父の残したもので、古いセダンであったが、気に入っていた。
一度は企業に勤めるOLをしていたが、同じ職場の恋人があっさり若い後輩を妊娠させたので、千明の方から会社を辞めた過去を持つ。その時、ひどく体調を壊したので、今でも近所のスーパーでパートをしながらのんびり暮らしていた。
「……ZZZ……」
……疲れているのかな。
しかし。テレビのあのデレデレの様子を思い出した彼女は、彼の寝顔にイラとしていた。
「クッション!……ZZZ……」
「あらあら。ごめんね」
しかし、彼女は大輔に自分が羽織っていた薄手のカーディガンをかぶせ、エアコンの風が直接当たらないようにし、安全運転で目的地へ走っていた。
「着きましたよ、大輔さん」
「ふわぁ……ここはどこですか」
「降りれば分かる」
「え?」
ドアを開けるとそこは眩しく光っていた。
「海か……道理で潮の香りがすると思った」
平日の正午。晴天の夏の日。遠くの水平線を望んだ彼は長い前髪をかき上げていた。
「そのサングラスはもういい?じゃ、返して、そしてこっちです」
そして大きく深呼吸した彼は千明に連れられてやってきた漁港を下駄を響かせて歩いていた。
「この店よ。さあ、どうぞ」
「千明さんが、先で」
「……こんにちは〜」
暖簾をくぐった千明は、慣れたように、窓辺の席に座った。
「大輔さん。ここで今からシラス丼を食べますからね」
「……熱い御茶を下さい」
そんな彼は少し目覚めたのか、他のメニューも見ていた。
「ここは海鮮のお店だから。お刺身もありますよ。何がいいですか」
「僕は貝が好きです」
「わかりました。特上シラス丼2つと、貝の盛り合わせを一つ!!」
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