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3局 捨て駒
「え?あんたの子供じゃなかったの」
「ああ。俺ショックで……」
同じ会社の同僚で、元同棲相手で同い年の石橋直人は夜のファミレスのテーブルに突っ伏した。
「なんでまた、っていうか。どうして分かったの?」
「だって。予定日の計算がおかしいんだ。この計算だと、俺と付き合う前に妊娠した事になるんだ」
「何かの間違いじゃ」
「いや。俺、彼女に問い詰めたらさ、確かに他の男がいたんだ。でも絶対俺の子だって言うんだ!そんなの……わかるわけねえよな」
そういって彼はウーロン茶を飲んだ。今夜の二人は、同棲していた時の家賃などの清算で、話し合いをしているところだった。
「はあ……どうすればいいんだろう」
「さあ、私に言われても」
石橋の婚約者は千明の後輩で、確かに色んな噂のある女だった。
「親にもこんなこと言えないし」
「じゃあさ。DNA検査してもらえば」
「彼女がイヤだって言うし。私を信じないの?ってキレてるんだよ……」
「知らないわよ。そんな事」
さっきから他人事の千明に、石橋はむっとした。
「……お前さ。お前だって関係あるんだぞ。もしこれが無かったらお前は会社を辞めなかっただろうし。俺と結婚してたかもしれないのに」
「そんなこと言ってもしょうがないじゃない。もう過ぎたことよ」
やけに淡々としている千明に、石橋はずっと気になってたことをぶつけた。
「あのさ。お前、やけにあっさりと俺と別れたよな?他に男がいたんだろう」
「はあ……帰るわ」
こんな器の小さい元彼が素敵に見えていた若い時の自分を呪った千明は、清算したお金を受け取り、自分のお茶代をテーブルに置き、先に店を出た。
店の外はすっかり暗くなっており、星が見えていた。
……運動がてら歩こうかな。
ここは彼女の会社帰りによく来た商店街だった。男勝りでバリバリ働く彼女は社内でも期待されていて、結婚しても続けたい仕事だった。
しかし、同じ職場の三角関係の敗者だった彼女が会社に居られるはずもなく、上司の説得も無視し、会社を辞めたのだった。
そして、住処も失った彼女は、ひとまず祖母の家に転がりこんでいたのだった。
……結婚か。結婚相談所の方が近道なのかな。
こう見えても古風な彼女は、子供の頃から家事を手伝い、掃除や洗濯が大好きで世話好きだった。そして子供が好きで、家庭を持ちたい夢があった。
……でも破談だものね。
初めてもお見合いは、彼女にとってセンセーショナルであったが、まあ、貴重な体験となっていた。
……そうだ!それよりも、次のデートを考えないと!
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