第4話  被験者確保

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 灼熱の溶岩流が生み出した青樹ヶ原樹海の洞窟、富岳風穴。中に入ると、夏でもひんやりと涼しく、平均気温は3度。夏には涼を求める観光客で賑わう。総延長200メートル、高さは8.7メートルにおよぶ横穴で、所要時間は15分ほど。昔は、お蚕の貯蔵や種子の保存のために使われていたという、まさに天然冷蔵庫である。毎年できる天然の大きな氷柱が有名であり、これを写真に納めるのを目的とする観光客も多い。  入口は観光客用のレストハウスがあったが、すでに閉店していて周囲には誰もいなかった。その富岳風穴を目指すまでの遊歩道はきれいに整備されている。男は風穴入口まで来るとそこを素通りし、遊歩道から外れてそのまま直進して行った。 足場の悪い樹木で生い茂った道なき道をただ進む男。途中立ち止まると空を見上げたり、持っていたペットボトルの水を飲んだりして、また進んで行く。辺りは大分暗くなっていた。  富岳風穴入口から500mは歩いただろうか。男は持っていたペンライトで足元を照らすと座りやすい場所を探しているのだろうか、しきりに移動しては足元を照らした。そして木の根本に腰を掛けて「フー・・・」と息を付いた。時刻は7時半を過ぎていた。もう辺りは暗闇と化していた。  この闇の中を一人で歩くなどと言う行為は、まともな精神状態であれば出来るものではない。この男の身に何があったのだろうか。それは男しか分からない事情であろう。こんなことを実行するほどに追い詰められていたのだろう。  男はペンライトを口にくわえ、手元を照らしながらショルダーバッグをガサガサと漁ると、箱に入った錠剤を出し、同じく中から出した空の薬瓶に一つ一つバラして入れ始めた。自身を落ち着かせる為なのか、何かの歌を口ずさんでいる。
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