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伊佐は農家の六割ほどが稲作らしい。続くのがさつまいも。熊本と宮崎に面していてもさすが鹿児島なだけある。 しかし、農作業用の軽装に着替えた私の眼前に広がっているのは、見事な黄金の原だった。 目の前一帯が重く穂をつけた稲で埋め尽くされている。水田の切れ目に点々とある一軒家を除けば向こうの山までずっと続いていた。あまりの壮観に立ち尽くしたまま、受付を済ませたあとに始まった農業収穫体験の説明は冒頭部分を聞いたきり耳を通らない。 金の原は時折吹く風にそよいで音を立て、さざめく波が山の方へと駆けていく。 ところどころを赤く色をつけ始めた山の上には遠くなった青い空が雲を流して、夏より随分柔らかな日差しを注いでいた。 中心部からそう遠くには離れていないのに、先ほど受付で聞いた限りこの裏手にはさつまいも畑がありネギ畑があり……と正確な広さが想像もつかないまま見とれるばかりだ。 「伊佐米。割と有名だと思ってたんだけど、そうでもないのか」 「へ、」 だから、気づきもしなかった。いつの間にか隣に大柄の男性が立っていることに。 「!!」 目を見開いて飛びすさる私にちらと目線をやったその人は対して気に掛けるようすもなく再び稲原の方に顔を向けて、外した分厚い黒の軍手を、同色をしたつなぎのポケットへ無造作に突っ込む。 「さつまいもはあっち、黒のマルチ張ってるとこ。うちは安納芋と黄金千貫、あと紅はるかが少し」 彼がくるくると体の向きを変えながら指さす先を、いつのまにか目で追っていた。 今は手前の繁みに隠れて見えないがすこし下ったところまで畑が続くらしい。 「それから芋の向こうが金山ねぎ。米も芋もねぎもそのまま売るけど、米と芋はそれぞれ酒に加工もしてるし、全部収穫体験やってるから観光農園としても動いてる。一次二次三次って全部やってるから、足してんだか掛けてんだかだけど、話題の六次産業ってやつだな」 「話題……なんですか」 どこかで聞いたような聞きなれないような言葉に恐る恐る疑問をぶつけてみると、綺麗な形の太い眉が器用に片方だけあげられる。 よくよく見れば精悍な顔つきでがたいがいい。 見た目からするに同年代であることは間違いなさそうだが、貫禄のつき方が10ほど年上に見せていて年齢不詳さが増していた。
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