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「あらあら、あかねちゃん。良かったわー!」 居間に入った途端、台所から出てきた奥様は飛びつかんばかりの勢いで私の手を握り、うっすらと目に涙の膜を張っていた。 「ごめんなさいね、私体調が悪いって気づかなくて……」 奥様の話によれば畑で倒れた私を運んでくれてのは息子の彰人さん(堀之内さんと呼ぶとややこしいのでそう呼ぶことにする)で、医者を呼んだところ寝不足と疲労に貧血が重なったとの診断が下りたため寝かせていたのだと。 「も、申し訳ありません……!!」 恥ずかし過ぎて涙が出そうになった。握られた手が離されないまま、勢いよく頭を下げる。 最近は残業続きであまり寝ていなかったし、昨日も泣きはらしたままよく眠れずに農作業だ。考えてみればバカにもほどがある。 「あの、診療代お支払しますので!本当にご迷惑を」 「いいのよ、そんなもの。あ、お財布から保険証だけお借りしちゃったんだけど、ちゃんと戻したから安心してね」 「あ、それはもう、はい、すみませんお世話に……」 顔から火が出るとはこのことだ。 何か手助けになればと協力を申し出たはずが寝不足でぶっ倒れて逆に迷惑をかけるなど、青くなるやら赤くなるやら、居間自分がどんな顔をしているのかもわからない。そのうえ。 いいことを思いついた、と一気に顔色を明るくしながら奥様はようやく離してくれた両手を楽しげに打つ。 「そうそう、せっかくだからうちに泊まっていきなさいな。ホテルより美味しいもの出すわよ。部屋もあの通り、余っているわけだしね」 「え!? いいいいえ、とんでもないです、すぐ帰りますから」 「んなこと言ったってどうやって帰るんだよ、もうバスもない」 台所と居間の空間を仕切るのれんを右手であげて、奥様の後ろから彰人さんが顔を覗かせる。 どこにいったのかと思えばどうやら今までの会話は筒抜けだったらしい。またじわじわと顔が赤くなる。 「タクシーを呼びますから……」 「そんなこと言わないで、もうあかねちゃんの分も作っちゃったのよ、ね、どう?うちの米とさつまいもとねぎ、食べてみたくない?」 ほら彰人、と急かされた彼の左手にあるのは白米の盛られた茶碗。 白く粒のたったそれはつやつやと輝いていて、一度その香りに意識が向くと、台所からは様々な美味しい匂いが後から後から漏れてくる。 適当に昼を食べたきりだった腹は盛大に空腹を訴えて私の顔をさらに赤くした。
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