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結局お酒を入れての食卓はさらに賑やかなものになって、お二人の農業談義を聴きながらいつの間にか窓の外の月は色濃く傾き、次第に山の端へ沈み行く。
せめてご飯の後の片付けはとかって出たものの、お客様なのだからという堀之内さんと量が多いからという彰人さんと3人で片付けになってしまって役にも立っていない。
「あかねちゃん、そういえば明日のご予定は?なんなら彰人がホテルまで送るし、行きたいところがあれば連れて行くわよ」
「なんで俺」
流し台で交わされるこんな会話も、今では笑って流せるようになっている。
ここの人たちはあまりにも優しかった。だから甘えてはいけないのだと、この数時間だけでも痛いほど身にしみた。
今日はもう泊めてもらうしかないけれど、明日こそは何かお返しをしようと胸に決める。
「いえ、本当にこれ以上お世話になるわけにはいきませんから」
だから、そう断ったはずなのに。
「ねえあかねちゃん。せっかく遠くから来たんだから、めいいっぱい伊佐を楽しんでってほしいのよ」
皿を洗い終えた手を再び両手で握って、堀之内夫人が笑みを深める。
小さな体であちこちを駆け回る昼の農園での姿を思い出して目頭が熱くなった。
どうしたら楽しんでもらえるか、何を喜んでもらえるか。彼女は心底から人の笑顔を求めて動く。
どうしてこうまで人に優しくできるのか問い詰めたいような気が起こるのを必死で抑え込むほどに。
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