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当たり前だが着替えを持ってきていなかったために仕方なく、昨日農作業用の軽装に着替える前に着ていた服へ再び袖を通して玄関へ向かうと、彰人さんはすでに黒のバンを止めていて、ドアにもたれて携帯を見ていた。
出てきた私に気づいて顔を上げた彼と視線が噛み合う。あの時の軍手と同じように彰人さんは携帯を無造作にポケットへ突っ込んだ。
「行くか」
面倒そうでも楽しそうでもなく彼が淡々と述べたその言葉に私はただ「お願いします」とだけ返した。
曽木の滝公園の駐車場に車を止めると、少し歩いただけですぐに水が叩きつけられる轟音が届いていた。
「ここもさ、もう少しして……11月の下旬ぐらいになるともみじ祭りってのがあって、うまいもんがいろいろ出るよ」
「紅葉見るんじゃないんですか?」
「まあ紅葉も綺麗だな」
「花より団子って感じですね」
「やっぱそこは農家としては。ネギピザとか出たりするんだよ」
「ネギピザ?生地に練り込むとかですか?」
「いや、まんま上の具材がねぎなの。あー、桜とかツツジとかも綺麗らしいぞ」
「らしいって」
携帯を覗き込みながらここの地を調べていた彰人さんの様子に思わず吹き出してしまった。
対して彼はほんと少し拗ねたようにふんと鼻で笑う。
「景色とか別に、見たところでだろ」
「でも稲の原はすごく綺麗でしたよ」
「そりゃそうだ、丹精込めて作ってるからな」
今度は当たり前だとふんぞり返ってみせる彰人さんがゆったりとした足取りで音のする方へ歩くのに合わせてついていったのだけれど。
その時やっと、彰人さんが大股なコンパスを合わせてくれているのだと気付いて照れくさいようなありがたいような気持ちがくすぐったかった。
彼は景色には興味がないけれど、人のことはよく見ている。それは確かにさすがあの奥様の息子さんだなと思うと同時に、なんて細かな人なんだろうかと、少し彼の見ている景色を見てみたくなっていた。
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