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「自己犠牲で倒れられたり死なれたりしたら、迷惑なのはこっちだ」 暖かで、こちらを慮ってくれていた目がひやりと冷たい。 自分のこともできないくせにと。 人に迷惑をかけてばかりと。 上司の言葉までもがグルグルと頭を回り始めて、腹の奥から体が冷えていく。 「だから」 続く言葉を聞きたくなくて、開いた拳で耳を塞ぎかけた私に彰人さんが大股で近づく。 私よりふた回りは大きいだろう彼の手に取られた両手では耳をふさぐことはおろか逃げることもできない。 その先の言葉を聞かせるために屈んだ彰人さんの顔すら見たくなくて、せめてもの抵抗にきつく目を瞑り顔をそらした。 「だから、遠慮なんかせずに最初っから人を頼れ、迷惑かけろ。そっちの方が助けやすい」 音にならない声が空気になって口から漏れる。 また、信じられないものを見ている気持ちだった。 いつの間にか合わせてしまった視線には先程見た冷たさがないことだけはわかる。 けれど、彼の言うことへの理解が追いつかない。 眉根を寄せて唇を噛んだまま目でその意味を問う私に、彼は手を離さなず、目線を逸らさないままで真っ直ぐに言葉を届けようとしていた。 「できることはやればいいし、できないことは他人に任せりゃいい。逆に頑張ったってどうにもならないことなんか山ほどある。全部一人でできるんなら、こんなに多様な人間は必要ない」 彼は乾いた唇を湿らすように一度舐めて、それでも言葉を切ることはしなかった。 「だから、お前はお前にできることをしろ。無理して、やって、死んだところで、お前を好きなやつは悲しむし、お前を嫌いなやつは喜ぶだけだ。なんもいいことなんかない」 お前が死ぬ気で頑張ったところで、死んだらなんも意味なんかないんだよ。 その言葉は聞き様によっては私が耳を塞ぎたい類の言葉であったのかもしれない。 けれどたった二日の関わりであっても、彼が頑張りを否定するわけじゃない人であるのは、なんとなく感じていた。 彼が言いたいのは、"身を削る頑張りをするのではなく自分を大事にしろ"と。 そういうことなのだろうか。
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