3.

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じわじわと滲む視界でも、彼が小さく息をついて微かに眉尻を下げて笑ったのはわかった。 「それに、やらねばとかすべきとか、自分の正義があるとさ、あいつはできないくせに頑張ってないとか思うことないか。そういう他人を監視するの、疲れるだろ」 その感覚は痛いほど身に覚えがある。 自分を必要だと思ってほしい、優秀な人物だと思ってほしいと思えば思うほど肩には力が入ったし、人を見る目は厳しくなって疲弊していく。 心が黒く塗りつぶされて、自分が重たくなっていくのは、あまり心地の良いものではない。 「……まあ、これが俺の考えなわけだけど、受け取り方はお前次第だし、大きなお世話だと思えばそれでいい」 ゆっくりと離された手に、目をやるとそこには手形も何もなくて、あくまで彼は耳を傾けてほしいと手を止めただけだった。 屈むのをやめて姿勢をただした彰人さんから悪かったと声が落とされた時に思わず見上げてしまったのは、どうしてだろうか。 「……彰人さんは?」 「は?」 「いえ、その」 特に理由はなかった。 『お前を好きなやつは悲しむし、お前を嫌いなやつは喜ぶだけだ』というその言葉に、それならまだどちらの感情も抱くほど時間を過ごしていないこの人は何を思うのだろうと、ふと漏れた感情のバグみたいなものだった。 彰人さんは少し考え込むように目をそらす。 「……お前が死んだら、寝覚めが悪い」 小さく溢れたその言葉は確かに彼らしい不器用な優しさの表れのようで。 「ふふ」 「なんだよ」 軽くなったと思った。 肩に背負ってきた何かを、曽木の滝に捨てた。そう確信して。 先ほどの怖さは今は微塵もない。 「彰人さんらしいお答えだなと」 「会って二日の人間に何がわかるんだ。知り合った人間が変に死んだりなんかしたらほとんどの人間は寝覚めが悪いだろ」 彼はぶっきらぼうに大股で歩き出す。 案じてくれている人に対してつい数分前に「何がわかる」と言い返した人間としてはきまりが悪い。 「……そうですね。いえ、ありがとうございます」 「礼を言われるようなことじゃない」 「いいんです」 それでも、自分が居なくなることにほんの少しでも嫌だと思ってくれる人がいることは当たり前のようで普段意識することはない。 だからこそそれを知ることは、胸にロウソクの火を灯すような暖かさをもたらしてくれる。
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