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「……仕事辞めたとして、何がしたいとか何も決まってないんです。彰人さんみたいに打ち込めるものがあったらいいのに……っていうのは、甘えですかね」
はは、と漏れた乾いた笑いにも彰人さんは気にする様子もなかった。
拾った小石を激流に投げ込めばそれはいとも簡単に姿を隠して、きっと下まで流れて行くのだろう。
「いいんじゃないか。なにかしたくなるまでしなきゃいい」
「……え?」
「せっかくの夏休みなんだから。これからのことめいっぱい考えればいいし、めいっぱい悩めばいいだろ。そのうちのめりこむようなものが見つかるかもしれないし」
「それは、」
休んでも良いんでしょうか。
出かかった言葉を今度は直前で飲み込んだ。
この人はきっとその問いにも、肯定を返す。
「やり直せないことなんかなんにもないのに、今からじゃとか自分には何もないからって、勝手に焦ってるのはお前だよ。他人に何言われようと、自分を幸せに出来るのは自分なんだから、体がストップをかけて出来た休みくらい、精一杯自分のために使えばいいんじゃないか。そしたらきっと、その後も自分のために生きていける」
そうは思わないのか。
振り返った彼にとって、それは当たり前のものらしい。
考えたこともなかった。自分のために生きることなんて。
どうやったら人に認めてもらえるのか、頑張って我慢して、なんでもできる”大人”を目指して生きてきたけれど。
どうやら大人の仮面を被った子供のまま生きていくことは、可能かもしれなかった。
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